FC2ブログ
宮殿・城郭・城館・邸・田舎の貴族邸いろいろ ーただのwikiを訳しただけー
お城好きだけど歴史に疎い 何を如何したいのか? 解りません。 そのお城に関わる物語を紐解き、妄想の糧に      ただのアホ

プロフィール

zamekzamek

Author:zamekzamek
貧乏人は贅沢な領主たちの生活がしてみたい。
特にヨーロッパの王侯貴族のように・・・。
そこから城好きが始まりました。


現在の時刻

月別アーカイブ

分類

検索フォーム

最新記事

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。





バドミントンハウス-Badminton House-
Badminton House
Badminton_House1.jpg
Badminton House2
Badminton House3
Badminton House4
Badminton House


1612年に第4代ウースター伯爵のエドワード・サマーセットは1275年以来ずっとこの領地を所有していたニコラス・ボートラーから買い受けた。エドワードは住まいだったラグラン城が火災で燃えてしまったためにこの地に移住した。
1620年にエドワードの第3子のトーマスが古い邸宅を改築し、T字型の切り妻屋根の邸宅にした。現在その跡が北西にみられる。
1713年第3代ビューフォート公爵サー・トーマス・サマーセットは更に東側に中庭を囲むように古い邸宅を拡張した。北側にはイニゴ・ジョーンズの様式(セントポール大聖堂、グリニッヂハウスを手掛けた建築家)を用いて壮大な鐘楼塔を並べた。5階建ての鐘楼塔を挟んで3階建てのフロアーが繋げられた。それはジェームズ・ギブスが設計した。
1745年にはウィリアム・ケントによる改築がなされ、パラディオ形式の建物が第4代公爵の指示によって造られた。
この邸宅がバドミントンハウスという名前になったのは、第8代公爵が英領インドにて行われていたフェザーシャトルコックをラケットで打つスポーツをこの邸宅で子供たちのためにさせたのがきっかけだった。ホールを使い、1863年の寒い冬、画家のジョン・ウートンの発案でそれは行われた。やがてビューフォート公爵家では恒例の行事となった。
第2次世界大戦中、ロンドンから疎開したメアリー女王はこの邸宅のグレートハウスに滞在した。女王と一つ屋根をともにする公爵と公爵夫人は何かと不便はあったものの、女王との同居はそれはそれは光栄なことだったのだろう。「She lived in all of it」と公爵夫人は言いました。
この邸宅は1949年来の英国最高のバドミントン総合馬術大会が今も行われている。
またビューフォート公爵家主催のキツネ狩りも有名でイギリスの2大クオーンハントの一つに数え上げられる。
この邸宅は一回ほど一般公開されたが今はされていない。また映画「日の名残り」「28 Days Later」「パールハーバー」でのロケ先となった。


official












上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。