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宮殿・城郭・城館・邸・田舎の貴族邸いろいろ ーただのwikiを訳しただけー
お城好きだけど歴史に疎い 何を如何したいのか? 解りません。 そのお城に関わる物語を紐解き、妄想の糧に      ただのアホ

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貧乏人は贅沢な領主たちの生活がしてみたい。
特にヨーロッパの王侯貴族のように・・・。
そこから城好きが始まりました。


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ヒートンホール・アンド・パーク-Heaton Hall & Park-
Heaton Hall
Heaton Hall
Heaton Hall
Heaton Hall
Heaton Hall


ヒートンホールは中世にオランダの一家が所有していた。
1684年にウィルトン男爵がエリザベス・ホランドと結婚し、この土地と屋敷はイギリス貴族のイーガートン家のものとなった。1772年に第7代ウィルトン男爵(後に伯爵になる)がジェームズ・ワイアットに設計を依頼して、モダンでファッショナブルな建物を計画した。当時ジェームズ・ワイアットは26歳の駆け出しの設計師だったが、その手腕は知る人ぞ知るもので、この建物を完成させた1789年には当時のイギリスを代表する建築設計師となっていた。ネオクラシックな建物は評判が良かった。
庭園はランスロット・ブラウンのスタイルを踏襲したものをウィリアム・エムズによってレイアウトされた。1ヒートンパークレースと名付けられた市民も参加可能なボートレースのための庭の設計。それは第2代ウィルトン伯爵の念願だった。そのレースは1839年までこの庭園の湖で行われていたが、その後は開催場所をリバープールへと変更した。
当時にこの大事業を計画したものの、ウィルトン家は鉄道会社で財を成して行ったが、これほどの広大な計画代金を払うのに持っているお金が足りなかった。ということでマンチェスターと言えば18世紀に毛織物で世界にそのものを売って財を成した都市。これだけの不動産を買い入れることとなり、市議会に議案がかけられると屋敷は博物館に、庭園は市民公園にと変換されていった。家財や絵画などはオークションに掛けられ、サロンなどの部屋は市民たちのお茶会の場所として開放された。
けれども時間がたつにつれその家具や絵画の価値も市場に出回るよりも文化的価値が見出されると買い戻されていった。オリジナルの建物に近い状態で保存をし、アートギャラリーとしての風格を取り戻しつつあった。そして建物の経年劣化は宝くじの販売などにより資金を補てんされていった。
一方庭園は市民公園として開放された傍ら、広大な庭園はゴルフコースがあったり、庭園を周遊するためにレールが敷かれトラムが巡るようになった。
その庭園には丘の上のテンプル、だわーハウス、鍛冶ロッヂ、グランドロッヂ、ウェスターンプレジャーグラウンド、オランジュリー、湖、コロナードなどがある。


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