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宮殿・城郭・城館・邸・田舎の貴族邸いろいろ ーただのwikiを訳しただけー
お城好きだけど歴史に疎い 何を如何したいのか? 解りません。 そのお城に関わる物語を紐解き、妄想の糧に      ただのアホ

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貧乏人は贅沢な領主たちの生活がしてみたい。
特にヨーロッパの王侯貴族のように・・・。
そこから城好きが始まりました。


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ルンペンハイム城-Rumpenheimer Schloss-
Rumpenheimer Schloss
Rumpenheimer Schloss
Rumpenheimer Schloss
Rumpenheimer Schloss
Rumpenheimer Schloss



最初はのヨハン・ゲオルク・ザイフェルト・フォン・エデルスハイムの邸宅があった。1674年ハーナウの貴族 Friedrich Casimir von Hanauがこの土地を所有すると1678年からここに邸宅を建設した。
90年後の1768年ハーナウ・ミュンツェンベルク家の最後の当主ヨハン・ラインハルト3世が亡くなり、相続するものが居なくなるとカール・フォン・ヘッセン・カッセルがこの領地をエデルスハイム家のプリンスから(分家していたということなのか)領地を買い取ると1771年からカントリーハウスを宮殿へと拡張させ、カールの母親のマリア・フォン・ハノーファーがこの宮殿の内装を提案した。彼女は死ぬまでこの場所に住んだ。1781年カールは宮殿を弟のフリードリッヒに売った。するとフリードリッヒは更に宮殿を拡張し1787年から1788年にかけて工事が行われ、主翼の両側に大きな厩舎を付属させたパヴィリオンが建てられた。また1839年から1840年にかけて庭園も新しく造営させた。
19世紀にはこの宮殿にオーストリア・ハンガリー帝国皇帝フランツ・ヨゼフ・フォン・ハブスブルクやロシア皇帝アレクサンドル3世、デンマーク王のクリスチャン9世やフレデリック7世。1863年にはシュレースヴィッヒ・ホルシュタイン・グリュックスブルク家出身のギリシャ王ゲオルク1世がこの宮殿を訪問している。
でも19世紀後半のオーストリア・プロイセンの戦争でドイツ帝国が樹立するとヘッセン公国はなくなりこうした宮殿は民間に払い下げられ一時はスパホテルとして利用されていた。が、それもうまくいかないとこの宮殿は一時プロイセンで活躍したハーナウ家が住むようになった。しかし、1902年にはそれも放棄されるとプロイセンのヴィクトリア皇后がここに住むようになった。
第一次世界大戦では何の損傷もなかった宮殿も第2次世界大戦で屋根が焼き落ちるほどの空襲に遭い主翼の外壁だけが残る有様になってしまった。
1965年宮殿はオッフェンバッハ市が買い取り、しかし戦後の近代化の中で宮殿を再建することは市民たちの反感も買いそうだったがこの宮殿を高級分譲マンションとして再建し売りだした。2006年には完成。
そういう再建の仕方もあるんだと思わず感心。だからここはプライベートの集合体となっている。











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