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宮殿・城郭・城館・邸・田舎の貴族邸いろいろ ーただのwikiを訳しただけー
お城好きだけど歴史に疎い 何を如何したいのか? 解りません。 そのお城に関わる物語を紐解き、妄想の糧に      ただのアホ

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貧乏人は贅沢な領主たちの生活がしてみたい。
特にヨーロッパの王侯貴族のように・・・。
そこから城好きが始まりました。


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アスコットプレイス-Ascot Place-
Ascot Place


ウィンザー城の庭園やバークシャーポロクラブに近い位置にあるこの邸宅は1339年に残っている記録によるとジャック・ハインツ2世が所有していたらしい。1989年にアラブ首長国連邦の大統領でありアブダビの首長の Sheikh Zayed bin Sultan Al Nahyanが180000£でメルセデスベンツ社長のミック・フリッツやウィリアムリダーデール、イギリス中央銀行総裁のサー・ハリー・リバシーから買った。
2009年にはこの邸を囲う赤レンガの塀を造ることをブラックネル・フォレスト・ボローの議会が承認し、周囲6.4キロの塀を造るのに推定220万£必要になるという。オイルマネー恐るべし。


こんな記事が



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オルダーマストンコート-Aldermaston Court-
Aldermaston Court1


ロバート・フィッツアーチャードはヘンリー1世よりこの土地を1100年頃与えられた。その息子は教区の教会の翼廊の著名なノルマン人の兵士だった。イギリスの最古の記録とされるpipe roleによれば名前を「Aldermannestun」と記されていた。1227年アーチャード家はヘンリー3世をこの邸に招いた。が後にニューハンプシャーにあるシェルボルンの修道士たちがこの教区の教会から去ってしまい、(それがどんなにひどいことなのかわかりません)アーチャード家は2番目の邸宅になるスポルホルトに身を寄せ、オルダーマストンを遠ざけていた。そしてみんなスポルホルトに埋葬された。唯一ピーター・アーチャードの義理の息子トーマス・ド・ラ・メアーが土地を相続したけれども、彼には子も無く1361年に亡くなると。彼の出身母体サマーセット家、そして1370年にリチャード3世によってバークシャーで高い地位を持つ判事に任命されていた。そしてその子供に当たるロバートはド・ラ・メアーを名乗り、ブラムリー近くのビューアペアーに住むボロッカス家の娘と結婚。ヘンリー5世による王の「シャイアーの騎士」に任命されロバートの息子はド・ラ・メアーを名乗る最後の当主となった。(戦いで死んじゃったのか?近年ではシャイアーの騎士は王様の諮問機関になっていた)けれどもその娘のエリザベスがド・ラ・メアーの名前を継ぎ、ノーザンバーランドのフォースター家のジョージと結婚した。で、邸宅はその家系へと受け継がれていきました。
ジョージフォースターはヘンレイ近くのハープスデン出身のサー・ハンフリー・フォースターの息子。エリザベスと結婚することによってド・ラ・メアーの不動産を全て継承した。1501年ジョージはヘンリー7世からナイト伯爵の称号を授かり、1517年バークシャーとオックスフォードの判事となった。また1525年にはバースのナイト称号を授かった。ジョージの息子のハンフリー2世はヘンリー8世の側近にして「Field of the Cloth of Gold」フランスとイギリスとの不可侵条約を締結させた立役者だった。
ハンフリー2世の息子ウィリアムはアンソニー・ハンガーフォードの娘ジェーンと結婚した。その後オルダーマストンの邸宅にエリザベス1世が訪問している。その後ウィリアムの息子ハンフリー3世、孫ハンフリー4世…ウィリアム2世ハンフリー5世ハンフリー6世と受け継がれていったが、ハンフリー6世のときにEnglish Civil Warが勃発し、この邸宅は王党派のキャンプ地になり、フォースター家は忠実な王党派支持だった。しかし、そのために他の邸宅に引っ越していたハンフリーはEnglish Civil War終了後も内戦のためにオルダーマストンには帰れなかった。1663年ハンフリー6世はここに戻ることなく亡くなった。
1752年フォースター家の男系が絶たれると、最後の男子のハンフリーの孫娘の婿ラルフ・コングリーブがオルダーマストンを所有。1843年大火で建物を無くすとコングリーブ家から Daniel Higford Davall Burrが不動産を買い取った。1893年にはCharles Edward Keyserが手に入れ、Collier Macmillan Schools などもここに籍を置いたが今ではHolaw Ltdがここの所有者





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