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宮殿・城郭・城館・邸・田舎の貴族邸いろいろ ーただのwikiを訳しただけー
お城好きだけど歴史に疎い 何を如何したいのか? 解りません。 そのお城に関わる物語を紐解き、妄想の糧に      ただのアホ

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貧乏人は贅沢な領主たちの生活がしてみたい。
特にヨーロッパの王侯貴族のように・・・。
そこから城好きが始まりました。


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ベーリンゲン城-Schloss Behringen-
Schloss Behringen
Schloss Behringen
Schloss Behringen


1517年にフリードリッヒ・フォン・ヴァンゲンハイムが今ある城の南東部に初期ルネッサンス様式に建てられた。
麓のベーリンゲンの町も彼の所有の領地となり、家族は1567年からこの城に住んでいた。
1621年に城は火災に遭うとバルタザール・フォン・ヴァンゲンハイムは城を改装した。東翼の木組みの建物は17世紀からある。
1631年に30年戦争により再び火災に遭い、1632年には略奪に遭ってしまった。その後、城は一時的に住人を失くした。1743年から1792年にかけて城は大規模なプロジェクトが持ち上がり、エルンスト・ヴィルヘルム・フォン・ヴァンゲンハイムが城に住みつつ陣頭指揮を執り、バロック様式に生まれ変わった。それに伴い城の庭園も作成した。階段のための塔は18造られ、その芸術性が高く評価された。
1874年には旧北翼が壊されて新しい建物に建て替えられた。北、及び西にある木組みの建物の上層部は20世紀になって増築されたもの。
1928年には古くなった城を改装したのはオトマール・フォン・ヴァンゲンハイムだった。

オトマールの娘、バロネス・エリザベート・フォン・ヴァンゲンハイム・ヴィンタースタインが1944年から45年ヴァイマール大公カール・アウグスト・ザクセン・ウンド・アイゼナハと結婚しここに住んだ。1945年6月にエリザベートは妊娠した。しかし、ドイツ赤軍に終われ西ドイツに亡命した。その後、ベーリンゲン城は彼女が子供の頃から過ごした面影は無くなってしまった。
2010年エリザベートは亡くなり、ヴァルトブルクにザクセン・ヴァイマール・アイゼナハ大公夫人として葬られた。

1946年には収容所として使用され、1949年にはPsychiatrisches und Altenheimが使用していた。
1980年に城は全焼すると、2000年にはj宮殿が復元され、2007年にはホテルベーリンゲンとして経営されている。


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モルスドルフ城-Schloss Molsdorf-
Schloss Molsdorf
Schloss Molsdorf

1733年までに幾人かの所有者にわたっていたこの城。
当初は堀をめぐらした城だった。
1734-1740年にかけてゴータがゴットフリート・ハイリッヒ・コロネとアントワーヌ・ペスネに建設を委託。
広大なフランス風庭園とフランス窓を擁するフランス的な優雅なバロック様式の城になった。
とにかく、ドイツ人のフランス建築への憧憬はどの地域の領主に色濃く影を落としています。

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